(1) : 我慢の祭り
ARTIST /(1)
TITLE / 我慢の祭り
LABEL / utopia records
DATE / 2002
TITLE / 我慢の祭り
LABEL / utopia records
DATE / 2002
2138。今から11年前にリリースされた傑作、といってよいだろうか。多分よいだろう。これほどまで、革新と歌心と作家性に触れている1枚はない、といってよいだろうか。多分よいだろう。僕が、だらだらと大学浪人をしているまっただなか、一足先に大学へと進学し、時間と優しさをもてあました同年代の音楽家が作り上げた全4曲(隠しトラック1曲を含めると5曲)のEP的な1枚である。便宜上ここでは(1)と表記しているが、本名名義で発表された。タイトルの『我慢の祭り』、そして収録されている全4曲「5月の軍旗」、「最高の塔の歌」、「永遠」、「黄金時代」は、それぞれいうまでもなく、ランボー後期の詩に由来している。詩の本編自体では、直接的な引用が見た限りではない。本作は全編、おそらく日本で、一時的であれ、現在でも抜かれることのない、最高の言葉を選びぬいた独自の構成で編まれた詩である。その本来ならば語用論的にどこまでも青臭いはずの言葉たちが、どういうわけか意味論的に孤高の輝きをもつ。これほど響く日本語で書かれた歌モノを僕は正直知らない。インダストリアルで弦楽的な5分を超える長いイントロから、消失点をはさみ、アメリカーナに影響を受けたであろうアコギ展開へと引き継がれたかと思いきや、残響系ギターへと展開していくという頭がおかしい人間の発想で作られたM1「五月の軍旗」から、本作は異質な空気に満ちている。核心、革新、確信、どの「かくしん」でもよいが、そんな強い意志が聞こえる。たとえば。
「昨日のワルツじゃもう踊れない」といい、「英雄はソナチネ以下」となり、「遅刻した着想を叱る」。そして、「そろそろスーツを脱ごうぜ」という。「ランチはパセリ」になる。「最低もプラチナ以上」になる。「遅刻した理想を叱って、そろそろスーツを脱ごうぜ」という。
何より「いらんよ、音楽は。だって、今日は君と食事をするんだ」。
とてつもない日常と哲学を含むこの一連の言葉たちは、今でも鮮烈に刻まれる。欲望と冷静は、常に共存する。主観的であり俯瞰的である。チンパンジーがハムレットを書くことができるという可能性をさらに加速しても、僕はこの形而下的かつ形而上的な日本語を書くことができないだろう。僕は掛け値のない才能を突きつけられたわけだ。なるほど。
その全てを1つ1つ説明するにはちょっと時間がたりない。
「最高の塔の歌」も「永遠」も何度聴いたかわからないほど聴いた。それは後日説明しよう。
ただ本作の白眉、あるいは、僕たちの真理を常に鳴らしている1曲はやはり、M4の「黄金時代」である。この名曲たろうとし過ぎている名曲は、名曲として名曲である。困ったことに。
それは、「冗談ばかりのBBC」から始まる僕たちの物語だ。このプライベートすぎる言葉への共感は、音楽家の強烈な思想から始まり、僕に届く。
「黄金に光る僕らの昔の声は、今の僕らをスルーして明日の僕らを映した。時代を後ろ前にもう一度着て、我慢の祭りを終わらして」。
「いこう。2週目の理想へ。いっせいに全部取り戻そう」。
そして。「黄金に光る僕らの今の声は、笑いと怒りブルースさ」。
僕たちは死ぬまでその関係のなかで、生きていくのだろう。僕たちは、変化し続けているのかもしれない。しかし、言葉のなかに決して忘れてはいけない思想は保存されている。僕たちにとって、それは「笑いと怒りのブルース」なのだと思う。また10年後くらいにきちんと書き直す予定。
to be contine...d。
「昨日のワルツじゃもう踊れない」といい、「英雄はソナチネ以下」となり、「遅刻した着想を叱る」。そして、「そろそろスーツを脱ごうぜ」という。「ランチはパセリ」になる。「最低もプラチナ以上」になる。「遅刻した理想を叱って、そろそろスーツを脱ごうぜ」という。
何より「いらんよ、音楽は。だって、今日は君と食事をするんだ」。
とてつもない日常と哲学を含むこの一連の言葉たちは、今でも鮮烈に刻まれる。欲望と冷静は、常に共存する。主観的であり俯瞰的である。チンパンジーがハムレットを書くことができるという可能性をさらに加速しても、僕はこの形而下的かつ形而上的な日本語を書くことができないだろう。僕は掛け値のない才能を突きつけられたわけだ。なるほど。
その全てを1つ1つ説明するにはちょっと時間がたりない。
「最高の塔の歌」も「永遠」も何度聴いたかわからないほど聴いた。それは後日説明しよう。
ただ本作の白眉、あるいは、僕たちの真理を常に鳴らしている1曲はやはり、M4の「黄金時代」である。この名曲たろうとし過ぎている名曲は、名曲として名曲である。困ったことに。
それは、「冗談ばかりのBBC」から始まる僕たちの物語だ。このプライベートすぎる言葉への共感は、音楽家の強烈な思想から始まり、僕に届く。
「黄金に光る僕らの昔の声は、今の僕らをスルーして明日の僕らを映した。時代を後ろ前にもう一度着て、我慢の祭りを終わらして」。
「いこう。2週目の理想へ。いっせいに全部取り戻そう」。
そして。「黄金に光る僕らの今の声は、笑いと怒りブルースさ」。
僕たちは死ぬまでその関係のなかで、生きていくのだろう。僕たちは、変化し続けているのかもしれない。しかし、言葉のなかに決して忘れてはいけない思想は保存されている。僕たちにとって、それは「笑いと怒りのブルース」なのだと思う。また10年後くらいにきちんと書き直す予定。
to be contine...d。