大森靖子 : 愛してる.com / 劇的JOY! ビフォーアフター
ARTIST /大森靖子
TITLE / 愛してる.com / 劇的JOY! ビフォーアフター
LABEL / avex
DATE / 2016
TITLE / 愛してる.com / 劇的JOY! ビフォーアフター
LABEL / avex
DATE / 2016
2370。以前紹介した盤"マジックミラー"。荒廃した音楽産業において、時代遅れの勝負にでて、とりあえず成功に似た何かを獲得したのかしているのか、すくなくとも夢の途上のような荒くれの中で、とにかく何かを仕掛けようとして、失敗なのか成功なのかも棚上げにした自己肯定において、性別の片割れを絶対的な正義として掲げる作家性は、適度に、限りなく適度に、特に社会に影響を与えることもなく成果を出しつつある、のかもしれない。精力的な活動は聞こえてくる。その音楽以上に。メディア横断的に。そして、彼女への関心は高まり、彼女への僕の関心もある程度の役割を終えた。本作はそんな大森靖子がリリースした産後復帰第一弾、今やその意味すら失った両A面シングルという体裁が音楽メディアの郷愁を演出するのに成功している。「愛してる.com」は『トカレフ』の特典CDとしてつけられた曲のリメイク。映画『ワンダフルワールドエンド』でも原曲がつけられたが、評判が良かったのか作り直されて正式リリースとなった。イントロから間の抜けたタイミングで始まる原曲デストロイヤーなアイロニーが詰まっている。こちらのアレンジのほうが良い出来だと考えているならばそれは彼女が目指す方向性と、こちらの趣味の不一致に過ぎないから、それでさらにファンを獲得できているならそれが一番だと思う。「劇的JOY!ビフォーアフター」はややオリエンタルなムードが漂い、彼女の武器でもあったボーカルをささやきへと置き換えるやり口で、どっかで聞いたことあるだけのポップチューンとなっている。何かしらの共感を強要するような響きの言葉がならぶ。彼女の才能は次のフェーズへと移行した。しかし、大森靖子が、いわゆる古参のファンに対してのサービスを置くのは、いつもシングルの最後だ。本作では、両A面の影に隠れて収録されている「ファンレター」はその構成と歌詞も含めて、輝きのようなものが秘められていると思う。郷愁ではない新しい形を彼女は抱えていたわけで、それを金魚の糞のようになんとか抱えながら、それを運ぶためのエネルギーを金に仮託して。こんな時間に死なないでから始まり、生きたくて生きたくて震えるで終わるの流れの中に、彼女なりのアンサーが隠されていると信じて、今でも新譜を待ち続けているファンもいるだろう。ただ、付記していくことがあるとすれば、彼女が〈才能を演じる〉力は、ごみみたいな才能とは違うレベルの達成を獲得していて、それはそれでとにかく成立させているという点で拍手されてしかるべきだと思う。